名詞関連助詞関連】【形容詞関連】【発音関連】【接辞関連】【動詞関連】【待遇表現副詞関連文の構成リスト
助動詞関連いろいろ表記関連

 文の構成(4)
岡 村
日 本
40
「〜たほうがいいです」を初級で教えたんですが、中級で復習のため
「お酒の飲みすぎは体に悪いですから、あまり( )がいいですよ。」
という問題を 出したら、「飲まなかったほう」と書いた学生がいました。
これは、「飲まない」はわかっているが、
「ほうがいい」の前は「た形」しか入らないと
固定化してしまっている間違いです。

なぜ「飲まなかったほうがいいですよ」は非文なのか
教えていただけませんか。
『た形』例えば『飲んだ』『飲まなかった』はともに完了を表します。
現在を基準にして完了していると過去になります。

「薬を飲んだほうがいいですよ。」の『飲んだ』は『未来完了』で、
「飲まなかったほうがいいですよ。」の『飲まなかった』は、
『過去』になってしまいます。

否定の『た形』を『未来完了』として使うときは、
肯定の『た形』を『未来完了』として使うときよりも
制限があると言いますかーー、
つまり、否定の『た形』を『未来完了』として使うときは、
仮定の文に限られているように思うのです。
(今後、その他の用法を思いつくかもしれませんがーー。)
例:もし約束の場所で会えなかったら、携帯に電話して下さい。
「お酒の飲みすぎは体に悪いですから、あまり飲まなかったほうがいいですよ。」
という文で、前半は日常の問題を、後半は過去のことを言っているので、
これはどう考えても正解になりえません。

「飲まなかったほうがいいですよ。」だけを取り出した場合非文かどうかですが、
過去のできごとへのアドバイスなら、
「飲まないほうがよかったですよ。」と
「飲まなかったほうがよかったですよ。」と二通り考えられます。
ここは意見が分かれるところですが、
私は「飲まないほうがよかったですよ。」をOKにしています。

「飲まなかったほうがよかったですよ。」にも
それほど違和感はありませんが、、
英語の時制の表現に慣れてきた結果生まれた言い方のような気がします。

「飲まなかったほうがいいですよ。」が、なぜ非文かという点ですが、
日本語の文章は、時制や肯定/否定を文末で表現します。
過去のできごとへのアドバイスなら
文末には『よかったですよ』と過去を表す表現が必要だと思います。

日本語調査結果(121)]をご覧下さい。

中 根
日 本
39
近くに居るカナディアンの中学教師(ALT)に日本語を教えています。
はじめは問題なかったのですが、彼女もいろいろと勉強しているので、
私の回答では納得できないところがでてきました。
良い回答が見つからないのでメールしました。

質問です。
「映画を観るのが好きだ。」と「映画が好きだ。」は
どう違うの? どう 使い分けてるの?
同じ意味に使われることもありますが、
「映画を観るのが好きだ。」より「映画が好きだ。」の方が意味が広い、
つまり総合的に好きだという感じがします。

少し話が逸れますが、映画評論家の水野晴郎さんは、
「いやぁ、映画って本当にすばらしいですね。」と言います。
「いやぁ、映画を観るのって本当にすばらしいですね。」では、
水野さんの気持ちが伝わらないように思います。

その他の違いを挙げると、例えば次のようなことも考えられます。
「(テレビに出るより)映画(に出るの)が好きだ。」(俳優さんの弁)
「映画(を作るの)が好きだ。」(プロデューサーの弁) 等

よしこ
日 本
38
私は高校2年生です。
今日友達と話していてふとこんな話題になったんです。
「指に針がささる」とは言うけど、「針に指がささる」とは言わないよねぇ。
だったら、普通 「団子を串にさす」という言い方をするけど、
これはおかしくない? だって「団子が串にささる」と言っているんだから。

団子は串にグサッとささったりしないだろうに! …と
どうして「団子が串にささる」という言い方がされるのでしょ うか?
その状態を言うなら、「串を団子にさす」
または「団子が串に ささられる(これも変な感じですが)」
ではないのかなぁと思 いました。
気になったので放課後に国語の先生方にも聞いてみました。
はっきり分からない様子でしたが、
助詞が本来とは違う風に使われているのは
何らかの意図(団子より串が大事なんだ!とか)があるのかも…だとか、
それぞれ意見がありました。
樹さんはどうお考えですか?
質問の意味するところが、イマイチ分からないのですが、私の考えをお話します。
『指に針がささる』
『針に指がささる』

『団子に串をさす』
『串に団子をさす』
『団子に串がささる』
『団子に串がささられる』
(○)
(×)

(○)
(○)
(×)
(×)
となります。
日本人が中学・高校で習う国語文法には含まれていないことかもしれませんが、
日本語の動詞は、自動詞と他動詞に分けられます。
自動詞
他動詞

ドアがあく
ドアをひらく
火が消える
火を消す
凧があがる
凧をあげる
(自然とそうなる)
(誰かの意志でそうなる)
『ささる』は自動詞、『さす』は他動詞です。
自分の指に針をさしたい人はいません。うっかりそうなるということです。
ところが、串団子を作っている人は、意志を持って、串と団子を合体させます。

私が面白いと感じたのは、『団子に串をさす』『串に団子をさす』の両方がOKだということです。
『さす』の意味は『あるものの内部に先の尖ったものを突き刺す』ことだと思っていたので
『団子に串をさす』の方が本来のように思いました。
ところが、『さす』には『先の尖ったものにあるものを突き刺す』という反対の意味もあるので、
『串に団子をさす』もOKなのですね。

なぜ例えば串団子のような場合は、『さす』に
『あるものの内部に先の尖ったものを突き刺す』『先の尖ったものにあるものを突き刺す』
という二つの意味があるか、ちょっと考えてみました。

助詞『に』には、たくさんの用法があります。
そのたくさんある用法のなかに、くっつきの『に』(着点)というのがあります。
高校の授業では決して出てこないのですが、外国人に日本語を教えるときはよく使います。
つまり、離れていたものがくっつくときに『に』を使うということです。
椅子に座る。
横浜に行く。
椅子とおしりは離れていたのがくっつく。
横浜と自分は離れていたのがくっつく。
団子と串は、くっついて初めて串団子のなれるのですから、
「どっちがどっちにくっついても問題ありませんね。

人を刺したとき、「人をナイフで刺した。」と言い、「人にナイフを刺した。」とは言いません。
あんまり良い例ではありませんがーーー。

まぁ、ちょっと言葉遊びをしただけですけど。

アキコ
日 本
37
私は日本人でアメリカ人の旦那がいます。
旦那がよく、「いいだよ。」と使うので、
その表現は使わないよ、と指摘したところ、
なぜ使わないのか説明を求められ、うまく説明できませんでした・・・。
「いいです。」は使うのに、「いいだよ。」は、どうして使わないのか・・・。と。
例えば、「私だよ」と「私です」のように、
「だよ」と「です」は入れ替えて使える ・・・と思っていたみたいです。
私もよく考えたことがなく、回答に困ってしまいました・・・。
どうか私にも、この疑問の答え・・・教えてください・・・。
「○○だよ。」の○○は、形容動詞、名詞がきます。
「◎◎です。」の◎◎は、形容動詞、名詞、形容詞がきます。
という規則から「いいだよ。」は、間違いだということになります。

けれども「いいのだよ。」→「いいんだよ。」は両方ともOKです。
「いいのだよ。」の『の』は、形容詞を名詞化しているからです。

tocoxさんから、ご意見をいただきました。
私のいなかは静岡市ですが、そこでは方言で「〜だよ」という言い方があります。
世代、男女、その他の違いより、使用の多い少ないはありますが、
この質問にあ る「いいだよ」という表現も聞きます。私もたまには使います。
よって、ここの回答にある間違いと断定することは方言を否定することにつながりますので、
この回答こそ間違いといえます。
標準語では使わないというのが適切な回答かと思います。

メイファ
中 国
日本語歴:2年
36
(1)帰国してからも 日本語の勉強を続けるつもりですか。
(2)帰国しても 日本語の勉強を続けるつもりですか。
の違いは何ですか。
状況によりますので、1文だけでは何とも言えないように思いますが、
もし、細かく違いを言うなら、 次のようなことも考えられます。
(1) 帰国することが決定していて、 気持ちが帰国したときに向いていろ。
(2)
@
A
(1)と同じ
「もし、帰国してもーー。」という仮定
でも、やはり前後関係によって、いろいろな状況が違ってきますね。

鈴 木
日 本
35
私の知り合いの中国人の留学生から質問されて
答えられなくて困っています。
彼女は綺麗です。かわいいです。頭がいいです。
彼女は綺麗だし、かわいいし、それに頭もいいんです。
という置き換えの解答があり、
その中で『だし』と『し』の使い分けがわからないというのです。
確かに彼女との会話の中では、 
綺麗し、かわいいだし、 のような使い回しがたびたびなのです。
会話では理解できる言葉も、
正しい日本語という一つの試験などでは当然間違いですから・・・。
私たちが自然に使うことも彼女たちには理屈が当然必要で、
それなしで使い分けが出来ないのも仕方がないことなんですよね。
『綺麗』は形容動詞で、『かわいい』は形容詞です。
形容動詞文を繋ぐときは『○○だし』、形容詞文を繋ぐときは『◎◎し』 となります。
かなり日本語がお上手な外国人でも、混乱していると感じることがあります。

ところで、 外国人のための日本語文法では、
形容動詞→ナ形容詞、形容詞→イ形容詞 となっていることが多いので、ご注意下さい。

crist
中 国
日本語歴:3年
34
下記は質問です
「口をきくなとまでは言わん!だが、距離を置いてつきあうんだ! 」
どういう意味ですか?
口をきく
口をきくな
言わん
とまでは



話しをする
話しをしてはいけない(否定の命令)
言わない
(極端な例をひくときに使います。)

「少しぐらい話すのはいいけれど、親しくするな!」 という意味です。

飯 塚
日 本
33
勧誘・提案の表現「ましょうか」と「ませんか」の違いについて教えて下さい。
「コーヒーを飲みましょうか」と「コーヒーを飲みませんか」という表現は
どちらも正しいのに、「何時に会いましょうか?」という文は
「何時に会いませんか」ということができないのは
どうしてなんでしょうか?
今‘Japanese for busy people T` というテキストを使っていて、それには
「mashoka is used when you are inviting someone
to decide a time,place,etc for something」と書いてあるのですが、
書いてあるのですがいまいちわかりづらいようです。
英語でも`What time shall we meet?`は言えるのに
`What time don't we meet?`は言 えませんよね?
「コーヒーを飲みましょうか。」と「コーヒーを飲みませんか。」の違いですが、
「コーヒーを飲みませんか。」の方が、押しつけがましくないという風に感じます。
「コーヒーを飲みませんか。」と聞かれて断るとき、
「はい、飲みません。」(実際はこうは言いませんがーーー。)
相手の質問に肯定形で答えられます。
「コーヒーを飲みましょうか。」と聞かれて断るとき、
「いいえ、飲みません。」と否定形で答えることになります。

こういう日本語の背景があって、「コーヒーを飲みませんか。」と尋ねるのが
相手が断る場合に負担をかけないのだと思っていました。

ところが、何気なくこの2文のうちどちらが強く響くか知人に聞いたところ
「コーヒーを飲みませんか。」の方が強くすすめられた気がするとのこと。
あれれ?と思いました。受け取り方には個人差があるのですね。

「何時に会いましょうか。」と「何時に会いませんか。」についてですが、
要は時間を尋ねているのであって、別の問題の様に思います。

『ましょうか』と『ませんか』の違いについて
次回の日本語調査で皆さまのご意見を伺ってみたいと思います。

くろねこさんからご意見をいただきました。
ご質問の意図は「何時に合いましょうか」といえるのに
「何時に会いませんか」とい えないのはなぜかということですね。
「ましょうか」は相手の意向を尋ねていますが
「ませんか」は提案しているのだと考えれば
「何時に会いませんか」という文章は疑問詞を含んでいることで
成立しにくいのではないでしょうか。
○「これにしましょうか」 ○「これにしませんか」
○「どれにしましょうか」 ×「どれにしませんか」

"yamori k"さんからもご意見をいただきました。
「ませんか」と「ましょうか」の違いについて少し考えてみました。
多少論理の飛躍 があるかも知れませんが。
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×
×
×
何時に会いましょうか
五時に会いませんか
いつか会いませんか
どこかで会いませんか
これにしませんか
どこにしましょうか
何時に会いませんか
どれにしませんか
どこにしませんか
「ましょうか」は意向を尋ねたり同意を求め、「ませんか」は勧誘、提案してい る。
2、3,4の「ませんか」は一体になって、「ましょうか」と同じ意味で使われている。
この場合、いずれも相手に会うか会わないかの判断をゆだねている。
2,3,4、5が成立して、7,8,9が成立しないのは助詞「に」の働きに関係する。
動作・作用のある時を指定する。
動作・作用の及ぶ所・方角を指示する。
7,8,9の「何時」、「どれ」、「どこ」などは時や所を指定・指示したことにならない。
これらの場合は、「ません」と「か」とは一体になっていないと聞き手は判断する。
このような場合、聞き手は判断不可能である。つまり、聞き手からは非文と判断する。
従って、7,8,9は成立しない。

日本語調査結果(124)]をご覧下さい。

日 本
32
学生時代から読書が好きで、 今でもティーンズノベルをよく読んでいます。
最近、ファンタジー小説を読んでいていくつか疑問を抱きましたので、
ぜひご意見を伺いたく、メールさせていただきました。
(1) 「〜に駆られる」が接続する言葉は?
「駆られる」を辞書で引いてみたら、
「胸奥にひろがる強い思いが募る」とありました。
例文でも「好奇心に-」「衝動に-」「不安に-」等、
感情に関する単語にくっついています。
そうなると、「必要に駆られる」という文章は成り立ちうるのでしょうか?
「必要」は感情じゃないし、どちらかと言えば「必要に迫られる」のほうが
良いように思うんですが。
(2) 「間髪をいれず」の「いれず」の漢字は「入れず」でも可?
辞書等を調べると、どれも「間髪を容れず」で載っていましたが、
よく「入れず」で書いている本を見かけます。
これはどちらでも良いのでしょうか?
(3)〜(7)省略
小説やホームページを読んでいるとき、あれっと思うことに出会うことがあります。
その場合、次のようなことが考えられます。
@ 筆者に知識が不足していた。
A 筆者が間違いを承知で、しかし間違いと思える書き方をした方が
自分が言いたいことがうまく表現できるので、敢えて自分の好みの表現を使った。
B 規範には反するが、規範そのものが現状と合わないと筆者が考えて、
敢えて規範に反する表現を使った。
C 印刷・校正にミスがあった。
D 読んでいる方に勘違いがある。    等
『間違い』とか『規範』とかが、何であるか?という問題になりますが、
辞書を基準に、ぐらいにお考え下さい。
私自身は、文章を読んでいるとき、時々あれっと思うことはありますが、
誤解が発生しないように書かれていれば、あまり気になりません。
私の方に誤解があるのでは、と思ったりします。

(1)〜(7)まで読ませていただいて、Dではないように思いました。
インターネットの世界でしたら、筆者に聞いてみることもできますが、
印刷されたものは、難しいですね。

中 国
日本語歴:無記入
31
わたしは中国で日本語を教えているものですが、
中国語と日本語の表現の違いについての文章を書くつもりです。
ある本によると、日本人は自分の身分や権威、博学を誇示するために、
よく前置きと挿入句を使うそうですが、
その場合にどんな前置きと挿入句がありますか。
教えていただけますでしょうか?
私には初耳です。
えーーっ、そういうことがあるのか?という感じです。
私にはどういうことかよく分からないのですが、
どなたか回答がおできになる方は、ご連絡下さい。

まる王子さんからご意見をいただきました。
この『日本人は自分の身分や権威、博学を誇示するために』という考えが面白いですね。
私もそのように思っていたことがあります。
『私の意見ですが』とか『この場合に限定するとね』とか、
そのような『前置き』や『挿入句』を入れたがる人、
確かに日本人には多いと感じています。
他人から自分の意見を、たとえ僅かでも『否定』されるのを好まない人が、
そのような『前置き』や『挿入句』を入れたがるのでしょう。
言いかえるなら、自尊心が高く対人コミュニケーションに不安のある人が
多用してしまいがちな文化のようなものではないでしょうか。

インターネットによる『文字による時差ありコミュニケーション』の機会が増えてきたので、
このような傾向は高まっていくのではないかな?と予想しています。
あまり断定的な言い回しをしない日本人特有の、
対話者から否定されないための自衛手段でしょうか。
よく耳にする『前置き』や『挿入句』をつらつらと挙げてみます。
・『個人的な意見ですが』
・『恥ずかしいことですけど』
・『判っていると思うけど』
・『言いたいことは判るけど』
いかがでしょうか。



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