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  文の構成(16)
和 尚
日 本
158
3度目の質問をさせて頂きたく、お願い致します。

【じゃないですか。】について
「名詞+です」の否定形+「か」

例) A: 東京まで新幹線でどれくらいですか。
B: 3時間ぐらいじゃないですか。

Bは「3時間ぐらいだと思います。」という回答でもよいのでしょうが、
何故、否定表現(違うよ、という推測、判断)で言うのか説明できませんでした。

「3時間ぐらいじゃないです」→3時間ぐらいじゃないと否定している言い方ですから、
確かに、じゃ、いったい何時間ぐらいですか、と聞きたくなりそうです。
「3時間ぐらいじゃないですか」は、余り確信がなく答えています。
一方「3時間ぐらいだと思います。」は、かなり確信があります。
「3時間ぐらいです。」だと、はっきり確信があります。

エリ
台 湾
日本語歴:10年
157
また質問をさせてくださいませんか。

一、広がると広まるの違い
例えば、コロナウイルスが世界中に広がる/広まる、どっちが自然ですか。

二、大きいと大きなの違い
あるニュースから、事故現場に住民のインタビューで、
「金属を引きずるような大きな音とクラクションが連続する音が聞こえた」っと言った。

三、いずれもの使い方
高齢者4人を含む5人が病院に運ばれ、いずれも89歳の女性2人が死亡しました。
これもニュースの内容でした。
この意味は、5人の中2人が死亡したという意味ですか。 
ここの「いずれも」は何の意味でしょうね。死亡した2人や搬送された5人?
ご質問が三つありますが、『三』を中心にお答えするということで、ここで取上げることにします。
日本人でも結構『間違い日本語』で話したり、書いたりしています。
余程理解できない限り、「きっとこうだろう」と推測して聞き流したり、読み流したりしています。

ご質問の回答ですが、身近な人に意見を聞いてみたところ、実は意見が分かれもしました。
ですが、私の考えで回答しますね。

一、私は、『広がる』を使います。
二、『大きい』も『大きな』もOKだと思いますが、私は『大きな』を使います。
三、『5人中2人が死亡した』という意味です。
        『いずれも89歳の女性が2人死亡しました』は、少し分かりにくいですね。
        『女性が2人死亡して、いずれも(2人とも)89歳でした』だと 分かり良いかもしれません。

まーち
日 本
156
アンジャッシュの児嶋さんが投稿されているASMR動画のタイトル
『サクサク児島のフライドチキン咀嚼音』の文法についての質問です。
(正しい文法でなければならないという主義からの質問ではありません。)

このタイトルについて、コメント欄に『「サクサク」が「フライドチキンではなく
「児島」にかかっているのがシュールだ』という旨のコメントを見つけました。
しかしこれは語順がバラバラで紛らわしいだけで、
「サクサク」が実際にかかっている(修飾している)のは「フライドチキン」ではないかと
まじめに考えてしまい、眠るために見ていたのにみるみる覚醒してしまいました。

とりあえず、この文章は色々と抜けている接続詞(?)があるので補うと、
●「サクサクな児島のフライドチキンの咀嚼音』になるかと思います。

であれば、修飾と被修飾の関係は以下の通りだと考えられますが、如何でしょうか?

  サクサクな→フライドチキン
  児島の→フライドチキン
  フライドチキンの→咀嚼音
・・・・・とここまで考えたところさらに3つほどの疑問が生まれました。

①フライドチキンという言葉が2回修飾されていること。
 そもそも修飾と被修飾の関係を私が勘違いしていればそれ以前の問題ですが、
 一つの単語が2回も修飾されることは文法として正しいのでしょうか?

②「サクサク」は、フライドチキンの質感や様子を表す形容詞として作用しているのか、
 擬音を表しているのかがわからない。
 これが「サクサクな」であれば、「フライドチキン」を修飾しているように思えますが、
 「サクサクという音の」であれば「咀嚼音」を修飾しているように思えます。
 いずれにしても1つの単語が2回修飾されていることに変わりませんが。

③「児島の」が修飾しているのは「フライドチキン」なのか、「咀嚼音」なのか。
 仮に、修飾と被修飾についての認識が私の予想通りであり、
 一つの単語を2回修飾しても良いのだとすると、児島さんのあのタイトルは、
 わかりづらいけれど文法的に間違いではないのでしょうか。

以上、ご意見を伺いたいです。
先に、後半にありました3つの疑問について私見をお話します。

①一つの単語が2回修飾されるのは、問題ないと思います。
  例:児島の(作った)サクサクのフライドチキン   親切で美しく聡明な山田さん

②『サクサク』は擬音語です。でも、『サクサクの』のような形を取って、修飾語にもなります。
  『サクサクな』に関しては、『形容詞関連・67』をご覧ください。

③『児島の』は、『児島の作ったフライドチキン』などもあるでしょうし、
  『咀嚼音』を修飾している場合もあるでしょう。児島さんに伺わないと分かりません。
  『児島の』が『フライドチキン』と『咀嚼音』の両方を修飾することは、ほとんどないように思います。

フライドチキンそのものが、サクサクにできているのかもしれませんし、
『サクサク』が『児島』の性格を表していると、とる人もあるようですね。
>「『サクサク』が『児島』にかかっているのがシュールだ」

先ほども書きましたが、結局は、児嶋さんご本人に伺ってみるしかありません。

私は、『サクサク』は擬音だと思えるので、次のように手直ししてみました。
『サクサク!児島のフライドチキン咀嚼音』

おっしゃる通り、『サクサク児島のフライドチキンの咀嚼音』とするのも明快になって良いですね。

木 下
日 本
155
質問は、その曲とは「RISE」という大友康平さんの楽曲についてです。

本楽曲における詩に「駆け抜けていけ、荒野というダイヤモンドへと」という
フレーズがありますが、こちらの日本語に違和感を覚えます。
通常「AというB」という表現をする場合、
Aには実際のモノ、Bには話者のAに対する印象などの言いかえ表現が来ると思います。
(ex:四畳半という楽園、人生という宝物)

RISEの歌詞に関しても、実際に駆け抜けていくのはダイヤモンド(野球グラウンド)であり、
荒野とは大友康平さんのダイヤモンドに対する印象であるので
「駆け抜けていけ、ダイヤモンドという荒野へと」が正しいと思います。

この考え方は正しいでしょうか?
それともRISEの歌詞のような「AというB」の用例は他にも存在するのでしょうか?
ご回答、どうぞよろしくお願いいたします。

おっしゃる通りだと思います。私も『ダイヤモンドという荒野へ』の方がしっくりします。
知らない歌なので、念のためネットで歌詞の全文をチェックしました。
そして、やはり『ダイヤモンドという荒野へ』の方が違和感がないと感じました。

『荒野のようなダイヤモンドへ』だと、これはこれで良いでしょう。
『ダイヤモンドのような荒野へ』でも、『荒野』と『ダイヤモンド』と、どちらに重点を置くかは別にして、
フレーズとしてはおかしくないですね。

日本語のルールですが、ルールが100%適用されるというものではなく、
例外はたくさんあって、むしろ『そういう傾向』があるぐらいに考えた方が良いかもしれません。
歌詞は、作った人の感性ですね。

K.K.
日 本
154
先日のことです。
業務でFacebookを利用しており、後輩が昨今のコロナ禍に触れ、
『直接お会いできる日を楽しみにしております。』と書いたのですが、
同僚から『「会う」という言葉は直接対面している事を指しているのだから、
その前に「直接」と入れるのはおかしいので、直してください。』という指摘が入りました。

しかし、私はオンライン会議でモニター越しに顔を合わせる事は
「間接的に会う」事だと思いますので、直接対面する際には
「直接会う」という言葉があって然るべきだと思いました。
私はその事についてどうも納得がいかず、メールをさせて頂いた次第です。
ご意見を頂けましたら幸いです。

私は、この状況で「直接お会いできる日を楽しみにしております。」に違和感はありません。

経験は乏しいのですが、何年か前モニター越しの会議をしたことがあります。
モニターの向こうは知らない人々だったのですが、それでも十分『会っている』という感覚がありました。
後になって、その人たちに『直接』会ったのですが、その時『初対面』という感覚ではありませんでした。
モニター越しに『間接的に会っって』、後に『直接会った』という感覚が、しっくりします。


せ ち
日 本
153
ジャニーズWESTの『大阪弁ら〜にんぐ』という曲の中で、
飴について『擬人化しておばちゃんが配ります。兄ちゃん飴ちゃん食べるか?』
というセリフがございます。
私の中で擬人化とは、物を人間の姿にしたイラストや、その後に続く述語が
その物を主語とした形になるイメージがございましたので、
この場合は単に敬称付けただけの様にも感じ、疑問に思いました。

ご意見いただければ幸いです。

私も『擬人化』には、「えー、どうかな?」と思いますので、私見をお話しします。

関西では、『お豆さん』『お芋さん』『お粥さん』という言い方をすると聞いていますが、
これについて私は次のように認識していました。
かつて宮中で、高貴な方々が食べられるものを庶民の食べ物とは区別するために
敬意をこめて、『お豆さん』のような言い方をしたのが、庶民にも広がったのだと・・・。
現在でも、『豆』『芋』というより、柔らかい響きがあるので、『お豆さん』『お芋さん』が使われている・・・・・。

まぁ、諸説あるんでしょうけれど。

『飴ちゃん』ですが、『お飴さん』は言いにくいので、『飴さん』⇒『飴ちゃん』になったのではないでしょうか。
小さくて可愛い『飴』には、『飴ちゃん』がぴったりです。



中 国
日本語歴:5年
152
日本語の本を見ていて、『ことになる』の文法が引っ掛かってメールしました。
例文:
❶明日、アメリカに出張することになりました
❷明日、アメリカに出張することになっている
意味は同じだと思いますが、❶の文がどうして過去形を使いますか。
話し言葉と書き言葉の違いでしょうか?
よくわかりませんのでお時間がございましたらお返事をお願いします。
日本語の時制は、『現在、過去、未来』ではなくて、『動作が完了したか、していないか』なのです。
そのことを、私たち日本人は学校で勉強しません。
ですから、英語を勉強したときしっかり『現在、過去、未来』を学ぶので、
日本語の時制にも『現在、過去、未来』を当てはめて考える人も多いです。
私も、『日本語を教えるための勉強』を始めるまで、そうでした。

話し言葉と書き言葉の違いではありません。
大まかに言えば、❶と❷の意味は同じだと言っても良いのですが、
❶の文は、『出張することが決まった』ということで、
❷の文より、出張する可能性が強いかもしれません。
❷の文だと、『出張するだろうけど、未だどうなるか分からない』というニュアンスが少しあります。

Kiki
日 本
151
ボランティで、日本語を教えています。
生徒さんの何人かから、「日本語は主語がないことがあって分かりにくい。」
と言われたのですが、考えたら確かにそうです。
どう答えたら良いのか、ヒントを下さい。
日本語は、元々主語が明瞭でなくて誰が話しているのか分かりにくい言語です。
高校生のとき、源氏物語など原文では主語がないので、注釈が入ったのを使っていたような記憶があります。
「読めば分かるので主語は省略する、というのが伝統的な日本語で、日本語はとても優秀な言語だ。」
と古文の先生が話していたのを、覚えています。

優秀な言語かどうかは別にして、やはり分かりにくいので主語が入るようになってきたけれど、
それでも、主語がない文は多いですね。
英語のように、「必ず主語を入れろ。主語がなければ命令文だ。」という言語を
母語にしている人達にとっては、分かりにくいでしょうね。
このことが、日本語が外国人にとって学習困難な言語だと言われる原因の一つかも知れません。

日本人でも、「主語が明確でない変な文章が多い。」と言う人があります。
英語の文法を日本語に適用することで、「日本語はおかしい。」と感じる人もあるようです。

日本語を学んでおられる外国人で、学習が進んだ人には、ここらあたりを説明するのも
良いかもしれませんね。



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