名詞関連助詞関連】【形容詞関連】【発音関連】【接辞関連】【動詞関連】【待遇表現副詞関連文の構成リスト
助動詞関連いろいろ表記関連

 文の構成(1)
山 ア
日 本
10 「彼のものの言い方はぞんざいだ。」「彼の言い方はぞんざいだ。」
『ものの』があるかないかでどう違うか考えています。
@ 「ものの」が付く方は、
彼の言い方が[いつも] ぞんざいだ、ということである。
彼のいい加減な性格にまで<暗に>言及しているといってもいい。
A 「ものの」が付かない方は、
彼の [今の] [あの] 言い方がぞんざいだ、ということある。
つまり、こっちの方が場面依存度の高い表現である。
従って、@の場合は、彼の居ないところで、
「彼のものの言い方はぞんざいだよ」と彼をくさすことができるが、
Aの場合には彼の居ないところでは言えない。
なぜなら、彼の [今の] [あの] 発言に対するコメントだからである。

この説明は間違ってないと思ってますが、どうでしょうか。
そうですねぇ。
私は日本語指導しているときに、「彼のものの言い方はぞんざいだ。」という例文は出しません。
『彼』の性格というか習慣を表すときは、「彼は ものの言い方が ぞんざいだ。」と言います。
さっき彼が発した言葉が『ぞんざいだ』と感じたら、「彼の言い方は ぞんざいだ。」と言います。
日常生活では、ごちゃごちゃになりますけど。
お答えになっていないかも知れませんがーー。

この頁のQ4を参考になさって下さい。

山 ア
日 本
9 「昨日休んだのは、頭が痛いからでした。」
この文がなぜ間違いなのか、考えています。

「頭が痛いのは、昨日ことだから、痛かった、とする。
頭が痛かった、と 言っているのは、今だから、でした、にしないで、
です、とする。つまり、 発話の時点に時制を合わせる、のだよ。
だから、頭が痛かったからです、 となるんだよ」 
という説明は如何でしょうか?
この説明で良いと思います。
次の文を補足すると、理解しやすいかも知れません。
昨日休んだ理由は、頭が痛かったからです。
今日休んでいる理由は、頭が痛いからです。
今日休む理由は、頭が痛いからです。
(過去)
(現在)
(未来)

りんご
日 本
8 中学校の教師をしている友達から質問されたんですけど、
副詞の中に擬態語や擬音語(擬声語)ってありますよね?
その時、例えば「ころころと転がる」と書いてあった場合、
単語に分けなさいと言わ れたら「ころころ・と・転がる」とわけるんですか?
それとも「ころころと・転がる」と分けるのが正しいのですか?
副詞は基本的に連用修飾語なので
後に「と」とい う助詞がくるのもおかしい気がするし、
助詞の「と」の用法を辞書で調べても
副詞に くっつく用法が載ってないので分かりません。
でも「はっきりと」とかいう時「はっ きり・と」とわけたりするらしいし、
やっぱりこれは分けるべきなんでしょうか?
正しいか正しくないかは、どういう文法論を採用するかで違ってくるでしょうね。

単語とは何かという点について、諸説あると思います。
私が知っているのは、次の二つ。
(1)単語は、文を構成する最小単位である。
(2)文を構成する最小単位を形態素とし、単語は1形態素でできているものと
  複数の形態素でできているものとある。
ご質問なさっているお友達は、学校文法でお考えなんですよね。

はっきり→はっきりと
すっきり→すっきりと
さっぱり→さっぱりと
ころころ→ころころと
ざあざあ→ざあざあと
びしばし→びしばしと
と言った具合に
『と』があってもなくてもOKのものは、切り離して考えた方がよいのではないでしょうか。
同じ『と』がつく副詞でも、現代語では『さっさと』『きちんと』等は切り離せまん。

これらの副詞には、元々は『と』がつかなかったのではないでしょうか。
それが、段々『と』がつくようになって、『さっさと』『きちんと』等は、
『と』が切り離せなくなったーーー。あくまで私の勝手な推量ですけど。

では、この場合の『と』の品詞はなんなのでしょうか。
どこかで、『語尾』だと書いてあるのを見ました。
この説によれば、品詞ではないようですね。

yang wei
中 国
日本語歴:6年
7 「アメリカ人は、彼だけしか知りません。」という句は、 どういう意味ですか。
前後の文脈が分からないとよく分からないのですが、次の二つが考えられます。

Q:(あなたは)外国の人をたくさん知っているんですか。
A:いいえ、(私は)中国人はたくさん知っていますが、アメリカ人は彼だけしか知りません。

Q:XさんはY国の人です。アメリカ人はXさんのことをよく知っています。
  アメリカ人は、Y国の人をたくさん知っているんですか。
A:いいえ、アメリカ人は彼(Xさん)だけしか知りません。

Clear
韓 国
日本語歴:4年
6 どの言語でも、疑問文が同義を求めるときと、 強調するとき使われていますね。
韓国語では、それを「説疑法」 といいます。(日本語ではなんとよびますか。)
たとえば、「What kind of man can do that?」は、 「誰にそれができるのか。 」。
実際その人の名前を聞くのではなく、「誰にも できない」という意味ですね。
もちろん、同じ文章が状況に よって
本当にその人の名前を聞く意味でも使えると思います。
会話ではイントネーションで分かりますが、文章では それはできませんね。
日本語では、どうやって区別しますか。
ご質問の韓国語の『説擬法』ですが、日本語では『反語』 と呼ばれています。
日本語の『反語』ですが、次のようになります。
(1)言いたい事をわざと反対に言って、かつ疑問の形にして断定を強める。
(2)言いたい事をわざと反対に言って、真意をほのめかす。

どうやって区別するかですけど、もちろん、多少の表現の違いはあります。
しかし、メールやチャットのような場合、
短い文では表現しきれずに誤解が生じる可能性が大いにあります。
日本人同士でも誤解が生じますから、
私見ですが、誤解が生じそうだと予測される場合は、説明するしかないと思います。

桃太郎
日 本
5 連用修飾語ってなんですか?連体修飾語ってなんですか?
そういう文法をまとめたサイトはないですか?
日本語の文法には、いろいろな学説があるようですが、
その学説の一つの用語に、 『用言』『体言』というのがあります。
『用言』は、動詞、形容詞、形容動詞の総称で、 『体言』は、名詞、代名詞の総称です。
連用修飾語は、文字通り用言を修飾し、説明を加える文節です。
例えば『急いで走る』の『急いで』、『決して言わない』の『決して』。
連体修飾語は、体言を修飾して説明を加える文節です。
例えば『私の本』の『私の』、『大きな古時計』の『大きな』です。

こういう文法をまとめたサイトは、今までに見たことがありません。
探したこともないのですがーー。 お役に立てなくてすみません。

M
日 本
4 私の日本語は上手です。」 この文は構文から考え、
正しいのでしょうか、間違っているのでしょうか。
「私は日本語が上手です」というのが一般的だ
と周りの友達たちがいうのですが、
「私の英語の発音は変ですか?」
「あの人の声って、素敵よね」という言い方はすると、私は思うのです。
「私の日本語は上手です」→「私は日本語が上手です」
「あの人の日本語は上手です」→「あの人は日本語が上手です」
「山田さんの英語は上手です」→「山田さんは英語が上手です」
「あの人の発音はきれいです」 「張さんの発音はきれいです」
「私の日本語は変ですか?」「下手ですか?」
「あの人の発音はきれいですね」「山田さんの発音は綺麗です」
というように 置き換えると、使えるように思うのですが。
構文上の間違いでしょうか。 いかがでしょうか。
「私は 日本語が 上手です。」は伝統的な日本語です。
「ーは ー が ーです。」という文型です。
伝統的日本語は、非情物(感情を持たないものという意味)が、
主語になりにくかった言語です。
『私の日本語』は、そういう意味では主語になると違和感がある人もあるかもしれません。
日本語は英語等の影響を受けて、どんどん変わっています。
英語は、非情物が主語になってなんの問題もない言語で、
中学、高校の時代を通して、英文直訳日本語にすっかり慣らされています。
言語を、正しいと感じるか感じないかは、要は慣れの問題ですので
「私の日本語は上手です。」をおかしくないと感じる人も多いと思います。
おかしくないと感じる人が多数になれば、 それが正しい日本語になるということでしょうね。

構文として間違いかどうかは、うーーーん。
どういう立場をとるかによりますので、難しいご質問です。
日本語を教えるときは、間違いにしますね、とりあえず。

日本語調査結果(40)]もご覧下さい。

yang wei
中 国
日本語歴:6年
3 Q2の続きの質問です。
例えば、英語の文の中で「主語」、「述語」、「客語」という成分がありますが、
日本語で「主題」という成分は「主語」と同じ「階層」で存在すると
考えてもよろしいですね。
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「明日は  田中さんは  会社へ行きます。
 主題     主語       述語  
              述語
私見ですが、新しい言語を学習するとき、自分の知っている言語に当てはめて考えるのは、
学習中の言語の本質を見誤ることになるかもしれません。
私自身日本語の学習を始めたとき、学生時代に学んだ 国文法(学校文法)に縛られて、
日本語の文法に入って行けず、非常に苦労しました。
日本語の文法は、もっと自由なもの、
学者の数だけ学説があるものだと分かるのには、随分時間がかかりました。

三上章の『現代語法序説』をご存じでしょうか。 『象は鼻が長い』で有名ですね。
私は読んだことがないのですが、何が書いてあるかという文はあちこちで読みました。
日本語の文章には主語が二つあるという不思議を、
三上章は、『主題』あるいは『題目』を提唱することによって、すっきりさせました。
『主題』あるいは『題目』に続く部分を『解説』とし、
主題・解説の関係は、主語・述語の関係とは、次元が違うものである、 と言っています。
象は 鼻が 長い
(題目) 主語) 述語)
(解説)
最初に書きましたように、
日本語の文法を、英語の文法を通して考えることに 無理があるように思えます。

yang wei
中 国
日本語歴:6年
2 副助詞「は」について質問させていただきます。
「明日は 田中さんは 会社へ行きません。」の中で二つ「は」があります。
この文の主題と主語は同じですか。
「明日は」は連用修飾語ですか、主題ですか。
まず、『明日は』が、連用修飾語であるか主題であるかという点ですが、
同じ日本人でも意見が分かれると思います。
国文法を重視する人の多くは、連用修飾語だと答え、
日本語文法を重視する人の多くは、主題だと答えるでしょう。
日本語文法はいろいろ考え方があって、 人によってこれまた意見が分かれるところです。

前半のご質問の『は』が二つあるという点ですが、
この文は「明日、田中さんは 会社へ行きません。」と言っても 文法的には正しい文になります。
『明日は』と『は』が入っている意味は何か?
『は』が入ることによって、 「明日は会社に行かないけれど、
明日以外の日は、 田中さんは会社に行きます。」という情報が含まれるのです。
「明日、田中さんは 会社へ行きません。」という『は』が ない文では、
明日以外の日、田中さんが会社に行くかどうか 全然情報がないのです。
ということで、私は『明日は』は主題、『田中さんは』は主語だと 考えます。
主題、とかいった用語も、統一されたものではないと 聞いています。

草 本
日 本
質問は次のような文についてです。
「あれみんな貝殻です。」や、「あれ全部が君のものだ。」の、
「みんな」や「全部」は直前の「あれ」という指示語を修飾してるのでしょうか。
もしそうだとしたら、「みんなあれ貝殻です。」や
「全部あれが君のものだ。」と言えるでしょうか?
かなりおかしくおもえます。
なぜこんなことを思ったかというと、
「子供が3人うまれた。」と「3人子供がうまれた。」のように
「3人」が違うところにあっても、
「3人」は「子供」を修飾しています。 これと同じかなと思ったからです。
「あれみんな貝殻です。」ですが、「あれは、みんな貝殻です。」 のように
助詞『は』が省略されたものだと思えます。
「あそこにあるものは、みんな貝殻です。」という意味ならば、
『みんな』は『貝殻です』を修飾していています。

「あれ全部が君のものだ。」ですが、 「あそこにあるもの全部が、君のものだ。」
という意味だとすると、『あれ』が『全部』を修飾していることになりますね。

「みんなあれ貝殻です。」 「全部あれが君のものだ。」ですが、
会話文としては こういう言い方もあるように思います。
文章のトップに来た言葉は、インパクトが強いです。
言葉の倒置によって、強調しているのではないでしょうか。

「子供が3人うまれた。」も「3人子供がうまれた。」も、 『3人』が『生まれた』を修飾しています。
だから「子供が3人うまれた。」は、事実を事実として述べているのに対し、
「3人子供がうまれた。」は、『3人』を強調しているのだと思います。


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