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助動詞関連いろいろ表記関連

 形容詞関連(5)
日本語教育の世界では、形容詞をイ形容詞、形容動詞をナ形容詞と呼びます。
ここでは、日本語教育の現場で使う言葉も使います。
ままさん
日 本
50
外国人の友達に時々日本語を教えています。
そこで質問なのですが、形容動詞の過去形は(例 元気)
「元気でした」が正しい、または普通なのではないでしょうか。

最近テレビで「立派だったです」という発言を目にし、
(インターネットでみました)
口に出してみてもしっくりきません。
これは「立派でした」が普通なのでは?

しかし、インターネットでこの言葉を検索してみると、意外にも多く
「立派だったです(よね、ね。)」が使われており、びっくりしています。

文脈などによっては、「立派だったです」が使われることもあるのでしょうか?
多分、形容詞文の
「美味しいです。」→「美味しかったです。」
の規則が使われているということだという気がします。

『正しい』とはどういうことか?『普通』とはどういうことか?ということになりますが、
私は、日本語指導の場では、
「美しいです。」→「美しかったです。」  「立派です。」→「立派でした。」
を採用しています。

とりあえず、「美味しいでした。」「立派だったです。」はNGにしています。
なぜそうしているか?というと、特に理由はなく、
日本語の母語話者としての直感としか言いようがありません。

丁志龍
中 国
日本語歴:7年
49
「不安」の使い方について聞かせいただきます。
ある日本語の問題で、下記の文は間違いだとされていました。
ひとりで会場までいけるか不安の人は手を挙げてください。
この文に頭を悩まされています。
辞書を調べたら、
「不安」は名詞として取り扱いされているのもありますし、
名詞兼形容動詞とするのもあります。
だいたいは形容動詞として「不安に」の形式で使われるのは
おおく見られますが、「不安の色を浮かべた」のように、
連体修飾語として使われる例文も発見しました。
どうして正解ではないか教えていただきたいです。
このサイトでも多く取り上げていますが、
昨今名詞を形容動詞として使うことがどんどん多くなっています。
形容詞関連Q41、Q48等がそれですので、ご覧になって下さい。

『不安』も、もともとは名詞だったのですが、
かなり以前から形容動詞としても使われるようになりました。

『な』を使うか、『の』を使うかですが、
例えば『精神不安の人』『対人不安の人』のように
『○○不安の人』と○○がつく場合は、『の』を使い、
○○がつかいない場合は『な』を使う傾向にあります。

あくまで傾向があるということであって、絶対ということではありません。

『不安の色』についてですが、『不安な色』を使う人もあるでしょう。
しかし、これも流動的で、近い将来どうなるか分からないような気がします。

結局、流動的な日本語の場合は、
多くの日本人にとってより違和感のないものを、正解にしているのだとお考え下さい。

ぢま子
日 本
48
私はプロの日本語教師ではありません。
けれども、3ヶ月前から日本語を勉強してみたいという、
韓国人の女の子を、教えています。

先日、幼児用の絵本を使って、勉強していたら、
大きな、小さなという2単語が出てきました。
形容詞の後ろに「な」「だ」を付けたものが、形容動詞となると
参考書に載っていたのですが、
それではこれらの単語はどうなるのでしょうか?
おおきいー大きな    小さいー小さな
けれども、大きだ、小さだとは言いませんから、
この2単語は形容詞だということになるのですよね。
ではなぜこの2単語は、私達が小さい時から、
「大きな像さん」、「小さなあり」と、「な」を付けていうのでしょうか?
「形容詞の後ろに『な』『だ』を付けたものが、形容動詞となる。」は、間違いだと思います。
形容動詞は、名詞を修飾するとき『な』がつき、かつ活用するものです。
例えば、きれい、嫌い、元気、親切、有名、にぎやか 等です。

『大きな』『小さな』は、一見形容動詞のように見えますが、
活用しませんので、形容動詞ではなく連体詞として分類されています。

hiroko
日 本
47
去年ある女優さんが「ふぞろいな秘密」という本を出しました。
この女優さんは、
以前「ふぞろいの林檎たち」というテレビドラマに出ていました。
「ふぞろいな秘密」という本のタイトルは、「ふぞろいの林檎たち」から
きていると思うのですが、「の」が「な」に変わっているのは、
どうしてなんでしょうか。
つまらないことなんですが、なんとなく気になるので質問させていただきます。
最近、名詞が形容動詞として使われることが、どんどん多くなると感じています。
つまり名詞に『な』をつけて、勝手に形容動詞にしてしまうということです。

最近の国語辞典を見ると、『不揃い』は[名詞・形容詞]となっています。
1975年に出版された国語辞典を見てみると、いろいろ面白いことがありました。
当時は、『不揃(ふぞろ)』という形容動詞があったこと。
『不揃い』は、『ふぞろい』とも『ふそろい』とも読んだこと。
『不揃い』は、本来名詞だけれど、形容動詞としても使ったということ。

『ふぞろいの林檎たち』が放映されたのは、調べてみたら1983年でした。
当時は、『ふぞろい』は、名詞として使われることが多くて、
2006年になると形容動詞として使われることが多くなったのかなと思います。

因みに『揃い』は、1975年当時も現代も、形容動詞として使われることはありません。

つまらないなんてことないです。かなり興味深いことですね。
古い辞書は、場合によってはとても役に立つので、
古本屋さんででも探してみようかと思いました。

カレン
オーストラリア
日本語歴:5年
46
例えば、「お酒に弱い」というと、
お酒が飲めないとか好きではない、ということだと思っていました。
でも、お酒が大好きな日本人の友だちが「お酒に弱い」と言っていました。
これは、どういうことなのですか。
両方の意味があるのです。
体質的にお酒を受付ない人とか、お酒が嫌いな人は、「お酒に弱い。」と言います。
反面、お酒を勧められたり、飲むチャンスがあったりしたとき、
その魅力に抗しきれないという場合も「お酒に弱い。」と言います。
考えてみたら、意味が反対になるのですから、不思議ですね。

ユ ウ
台 湾
日本語歴:8年
45
「懐かしい」と「恋しい」という二つの形容詞の使い分けについて
お伺いしたいと思います。
以下は私個人的な捉え方ですが、正しいかどうか分からないので、
是非ご意見をお聞かせください。

「懐かしい」という言葉は、実際過去に体験したことや
思い出が再現される状況にいた時の感情を表します。
例えば、昔の小学校に戻ってそこの風景を見て、
「あ〜、懐かしい〜」とは言えますが、
「あ〜、恋しい〜」とは言えないと思います。

「恋しい」は現実として自分の持っている思い出に再会したい
という気持ちを表す表現です。
この場合は、
「日本に来てから、台湾の食べ物が恋しくなってきました。」と言いますが、
「懐かしい」はどうでしょう? ご説明をお願いいたします。
小学校の例ですが、その通りだと思います。
ただ、昔の小学校に実際に行ったのではなくて、
思い出しただけでも、「あ〜、懐かしい〜。」 が使えます。

『恋しい』についての説明ですが、
『思い出に再会したい』というところに少し違和感があります。
『恋しい』は、今現在離れている人、場所、食べ物、季節等に対する
会いたい、見たい、食べたい等といった感情です。
『思い出』と言ってしまうと遠い過去のものになってしまいますので。

「日本に来てから、恋しくなってきました。」 という繋がりは、少し変かもしれません。
「日本に来てから台湾料理を食べていないので、 台湾の食べ物が恋しくなってきました。」 OK
「日本に来てから台湾料理を食べていないので、 台湾の食べ物が懐かしくなってきました。」△

なぜ三角にしたかと言いますと、
『懐かしい』は、思い出に浸りながらしみじみ感じるもので、
『恋しい』は、今現在持っている強い感情だからです。

王 健
中 国
日本語歴:12年
44
次の文における「極端的」の使い方についてお聞きしたいです。
「あの人は、大好きか大嫌いかで、中間がない。極端的だ。」
ある本によって、ここの「極端的」は間違って、
その代わりに、「極端」を使うなら、正しい表現になるということです。
が、その原因は説明してありません。

私は「極端的」と「極端」の違いが全然わかりませんので、
その区別について、ご意見を聞かせてくださいませんか。
『的』は、抽象的な漢語名詞を形容動詞化させる機能を持っています。
私も、『極端的』はNGだとしています。
その理由は、次の二つです。
(1)『極端』は、既に形容動詞であること。
(2)実際の生活の中で、『極端的』という言葉を聞かないこと。

しかし、最近、『的』の用法が乱れていると問題になっています。
『極端的』という言葉を使う人があっても、
まぁ、仕方がないと思っています。

zhang hao
中 国
日本語歴:5年
43
『うれしい』も『楽しい』も感情形容詞ですが、
「うれしい」と「楽しい」について分かっているようですが分かっていないです。
理論的(文法的)に教えて頂けませんか!
一応文法的にまとめてありますが、でも十分理解していません。
よろしくお願い致します

@ 先日、生まれて初めて月給というものをいただきました。
とても楽しかったです。(中国人学習者)   
A 私の友達はうれしい人です。(アメリカ人学習者)
「うれしい」も「楽しい」も「物事に対する話しての喜ばしい感情」を表したり
「〜〜ですか」という疑問文の形で「物事に対する聞き手の喜ばしい感情」を
表現したりすることができます。

しかし、一般に日本語では感情を表す語はそのままの形で
第三者の感情を表現することはできません。
B 林さんは森さんに会えてうれしかったです。
C キムさんは先日のハイキングが楽しかったですか。
(「キムさん」は聞き手ではなく第三者)

「うれしい」は話し手や聞き手の感情を直接的に表現するものであり、
ある状況や物事に接した時に、
話し手や聞き手がそれを自分と関わるものとして、
直接、即時的に感じる喜ばしい気持ちを表した語です。
これに対して「楽しい」は、ある場面や環境の中にいることから感じられる
話し手や聞き手の喜ばしい感情の表現で、
「うれしい」に比べると持続的、継続的な気持ちを表しています。

また、「楽しい」は話し手や聞き手の感情を表すだけでなく、
物事や状況そのものが、楽しいと感じられる属性を持っている場合にも
使うことのできる語です。
「うれしい」はこのような使い方はできません。
「たのしい」は一般的な属性を言うことはできますが
「うれしい」は常に「うれしい」と感じる主体を
はっきりさせなければなりません。

D きょうはとてもうれしい/楽しい話を聞きました。
上の文で「うれしい話」と言えば、その話は話し手に直接関わる話であり、
話し手を離れて一般的に「うれしい話」ということはありえません。
一方、「楽しい話」のほうはより客観的で
一般的に誰にとっても「楽しい話」と考えることができます。
「楽しい音楽」「楽しい旅行」など感情そのものの表出というより、
感情を表す語による物事の属性を述べた表現だと言えるでしょう。

「うれしい」は直接的で即時的な感情を表す語ですから、
うれしい気持ちの原因やうれしいと思える内容を持つものを
文面に出すのが普通です。
一方、「楽しい」は楽しい気持ちを引き起こした場面や状況を示すだけで、
そのような感情を起こす直接の対象を持ちません。
また、「楽しい」は直接的で即時的な感情ではありませんから、
意識的にあるいは努力して「楽しく」することができますが、
「うれしい」のほうはそのようなことはできません。
E 皆様のご親切がうれしいです。
F 母から便りが来たのでうれしい/×楽しいです。
G 皆さん、今日楽しく勉強しましょう!

ある状況に接して直接的、即時的に感じる感情の表現である「うれしい」と、
ある状況が与えられることによって持続的、継続的にもたらされる
感情の表現である「楽しい」の違いは、
次の2つの文からも理解されるでしょう。
H 久しぶりに昔の友たちに会えて、とてもうれしかった。
(会った瞬間「うれしい」と感じた)
I そして、いろいろ話ができて、とても楽しかった。
(話をしている間ずっと「楽しい」と感じた)
    
とてもうまく纏まっていて、これは『嬉しい』と『楽しい』の違いについて
疑問に思っておられる方々の参考になると思いますので
全文をアップロードさせていただきます。

例文の@〜CはNGですので、下記のように訂正の例を挙げておきます。
@’ 先日、生まれて初めて月給というものをいただきました。
とても嬉しかったです。
A’ 私の友達は楽しい人です。
B’ 林さんは森さんに会えてうれしそうでした。
C’ キムさんは先日のハイキング、楽しそうでしたか。
(「キムさん」は聞き手ではなく第三者)
例文のD〜Iは、OKです。

具体的にzhang haoさんの疑問を解決するにはどうしたらよいか?
うーーーん。
では、zhang haoさんご自身が『楽しい』を使うか『嬉しいを使うか迷われたときに、
メールして尋ねてください。できるだけ速やかにお返事いたします。

ITO
日 本
42
先日、日本語を勉強しているフランス人の友人に質問されて、
私も分からなくなったので、 質問させてください。

『「見たい城がある」の「見たい」は形容詞ですか?』と質問されました。
「い」で終わってはいますが、見るは動詞なので、
違うのではとすぐに思いましたが、
けれど、このときの「見たい」は「城」という名詞にかかるので、
『城を「見たい」』の動詞とは 違うのかしらと思い、調べてみましたが、
辞書には「見たい」、「ー(し)たい」などは載っていなく、
インターネットで調べたところ、「形容詞ではありません」と、
「形容詞です」という二つの情報 を見て、更に分からなくなってしまいました。
お返事頂けると助かります。
両説あります。
立場によって違うということだと思うのですが、
外国の方に日本語を教えるときは、
私は、異論を持つ方がおられることを承知で 『イ形容詞』だとしています。
その方が、学習者さんの負担が少ないと思うからです。

形容詞関連のQ6も、この件の関連だと思いますので、
よかったら、参考になさって下さい。

vdoll830
日 本
41
私は現在大学の日本語学科で日本語教師になるべく日々勉強しています。
文法に関して質問があるので答えていただきたいのです。
「神戸な人」と「神戸の人」・・・この2つはどんな違いがあるのでしょうか??
文法的に説明するとしたならばどうせつめしたらいいのかわかりません。
ほかにも「ニュースな人」と「ニュースの人」などがありました。

雑誌や新聞では、「神戸な人」「ニュースな人」ような
使い方をされている・・・・のが多く、私も実際目にいたしました。
今回のこの問題は外国人留学生に聞かれたものではなく、
私たち日本人母語話者が、 「これ何でこうするんだろうね??」
みたいな感じで疑問に思ったのです。
教授に聞いても答えてくれませんし・・・・。

名詞が本来の性質を失って、形容詞化するんでしょうかね??
「の」でつなぐのと、「な」でつなぐのと絶対何か違うと思うんです。
前にも書いた記憶があるのですが、まとめのつもりでもう一度書きます。

『神戸』『ニュース』は名詞ですから、 『神戸な人』『ニュースな人』は、間違いだと思います。
『な』を使うのは、『元気な人』『親切な人』のように 形容動詞(ナ形容詞)の場合です。
『の』を使うのは、『神戸の人』『ニュースの人』のように名詞の場合です。

名詞と形容動詞は、よく考えて見ると性質が似ています。
私は日本語指導の場合は、『ナ形容詞』と言わないで、
『形容名詞』と言った方が良いと思う程です。

例えば『自由』は、名詞の場合とナ形容詞の場合と両方あります。
『自由の女神』と言えば、『私たちの自由を守ってくれる女神』で、
『自由な女神』と言えば、『どこへでも自由に行けて、拘束されていない女神』となります。

おっしゃるとおり、『名詞』+『名詞』の接続で本来『の』で繋ぐべきものを
『な』で繋いでいる例を、最近よく見かけます。
うっかりミスなのか、文法を外すことによりインパクトを与えようとしたのか、分かりません。
『野菜なカレー』『高品質なジャム』など実際に見かけたものですが、
間違いだとは思うのですが、それなりに新鮮な響きも少しあるように感じました。

名詞が本来の性質を失うということではなくて、
『神戸の人』は、神戸に住んでいる人で、
『神戸な人』は、いかにも神戸人らしい雰囲気を持った人、
といった違いがあるように思いますが、これは個人の受け取り方ですね。



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