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助動詞関連いろいろ表記関連

 形容詞関連(1)
日本語教育の世界では、形容詞をイ形容詞、形容動詞をナ形容詞と呼びます。
ここでは、日本語教育の現場で使う言葉も使います。
英 子
日 本
10
な形容詞の否定の過去、
暇じゃありませんでした。 便利じゃありませんでした。 は、   
暇じゃなかったです。 便利じゃなかったです。
と言っても大丈夫ですか?
大丈夫だと思います。
『な形容詞』と『い形容詞』の活用は、揃えた方が入門者には分かりよいと思うのです。

『日本語初級』 国際学友会日本語学校
『文化初級日本語』 文化外国語専門学校編
美しいです 美しくありません 美しくありませんでした
暇です 暇じゃありません 暇じゃありませんでした

『日本語90日』 ユニコム
『みんなの日本語』 スリーエーネットワーク
『日本語学級2』 凡人社
美しいです 美しくないです 美しくなかったです
暇です 暇じゃありません 暇じゃありませんでした

今のところ下記のタイプの教科書は見ていないのですが、
でも大丈夫だと思っています。(このタイプの教科書をご存知の方、教えて下さい。)
美しいです 美しくないです 美しくなかったです
暇です 暇じゃないです 暇じゃなかったです

日本語調査結果(48)][日本語調査結果(49)]もご覧下さい。

yang wei
中 国
日本語歴:6年
9
「日本語を勉強するのは、楽しいです。」
「日本語を勉強するのが、楽しみです。」
上記の句で、「のは。。楽しい」と「のが。。楽しみ」を使う理由は何でしょうか。
「のは。。。楽しみです」だめですか。
『楽しいです』は、現在楽しんでいるときに使います。
その他にも一般論を述べている場合にも使います。
例えば、「海外旅行は楽しいです。」

『楽しみです』は、将来楽しもうと思っているときに使います。
「日本語を勉強するのが、楽しみです。」 は、
これから日本語を勉強しようと思っているときに使います。
ところが、「日本語を勉強するのが、私の楽しみです。」 というと、
文脈によっては、現在学習中もありえます。

「日本語を勉強するのは、楽しみです。」 も、駄目ではありません。
『は』を使うか『が』を使うかは、文脈によります。

yang wei
中 国
学習歴:6年
8
形容動詞などを重ねる場合、次のように書いてもよいでしょうか。
これは 静かな 美しい 庭園です。
これは 静かで 美しい 庭園です。
これは 美しく 静かな 庭園です。
これは 静かな 美しい 庭園です。
これは 美しい 静かな 庭園です。
この両方とも、日本人がよく使う表現です。
このように書いても良いと思います。
これは 静かで 美しい 庭園です。
これは 美しくて 静かな 庭園です。
日本語能力試験の場合は、こちらが
正しいとして受験した方が良いかもしれません。

も も
日 本
7
今、日本語学校で初中級を教えています。
今日、学生Aさんに、『太い』を使う文を作って」といったら、
「私は太いです」と言いました。
それで、「『太っています』が正しいです。」と訂正しました。
そのときはなんとも思わなかったんですが、どうも自信がもてません。
それは、『太い』の反対語の『細い』は、「彼は細いねー」という具合に
よく耳にするし、不自然だと思わないからです。
しかし、細いのほうは、「彼はやせています」という代わりに、
「細っています」は使えません。
「私は太いです」は非文でしょうか?
非文かどうかを断言するのは、難しいですね。
意見が分かれるでしょうから。
でも、もし私が同じ質問を受けたら次のように答えるでしょう。
『太っています』が正しいです。『太いです』を使うときは、
『脚が太いです』『腕が太いです』『首が太いです』のように、身体の部分に ついて話すときです。
反対に『私は細いです』というのは、OKです。
『脚が細いです』『腕が細いです』『首が細いです』もOKです。
すっきり明快に答えたほうが、学習者さんを混乱させないでしょうからね。

私見ですが、かつては『私は太いです』も、 おかしくはなかったんじゃないでしょうか。
ところが、こういう言い方をする人が減ってきて、
そのため違和感を感じるようになったのだという気がします。

「非文か非文でないか、どうしても答えろ。」という場面に遭遇したら、
非文ではないと答えると思います。

ももさんから、次のようなコメントを頂きました。

私も樹さんと全く同じで、学生には、
「スポーツ選手の腕は太いです。」「私の足は太いです」 のように、
からだのある部分については「太い」を使う、と 説明しました。

ひょっとすると、「太いです」という言葉に違和感を感じるのは、
「太い」という言葉がマイナスイメージを持っていて、 特に「Aさんは太い」と、
誰かを形容するときに使うのは、失礼に あたるからなのかもしれません。
個人的には、「太っています」も、マイナスイメージだけど、
言外に、「今は」太った状態にありますが・・・というニュアンスも 感じられ、
こちらのほうが使いやすいから、一般的になってきた のかな、という気がします。

なるほど!!と思いました。 マイナスイメージは、自分に対しても避けたいですからね。

日本語調査結果(26)]もご覧下さい。

ふみこ
日 本
6
「ある」は動詞だと思うのですが、 「ない」の品詞は何でしょうか?
日本語の文法は、学者の数だけ学説があると言われています。
いろいろ解釈があるとは思いますが、 日本語教育の現場では、『ない』は形容詞だと教えると
理解が早いという考えがあって、私自身も『ない』は形容詞だと教えています。
外国人に日本語を教える場合、 学習者さんがいかに楽に理解できるかを重点におきます。
国文法の学習とは、かなり違ったものになります。
形容詞の『て形』は、『くて』だと教えます。
おいしい→おいしくて   楽しい→楽しくて
行く→行かない→行かなくて
食べる→食べたい→たべたくて   だと教えると、
理解がしやすく間違いが少ないように思います。
動詞の『て形』で苦労した後なので、形容詞の『て形』はこれだけだと話すと、ほっとします。

日本語指導の場合は、学習者さんの苦労をいかに軽減させるか、教師それぞれです。
どうでなければならないということではありません。
いろいろ工夫することが、教える楽しみでもあります。

それから、反対語が必ずしも同じ品詞ではないとも教えます。
例えば、形容詞『忙しい』の反対語は、形容動詞『暇な』となります。

しあんママ
日 本
5
最近、形容詞の≪大きい≫と≪大きな≫の言い方二通り出来るものに
ついての違いは、と質問を受けました。
基本的には イ形容詞 ですが、 ・・・歌では・・・  《大きな栗の木の下で》
実際、正式な文章・・・例えば新聞など・・・に書く場合や、または試験などに
出た場合などは、どちらを使うほうがいいのでしょうか?
『大きい』はイ形容詞ですが、『大きな』は連体詞だと分類されています。
連体詞とは何かといいますと、
活用しないで体言を修飾する自立語で、 文の述語になれないものです。
『大きな』はむしろナ形容詞のように思えますが、 活用しませんし、
「あの木は、大きです。」とは言えません。
ナ形容詞なら「あの部屋は、静かです。」と言えます。
連体詞は、『ある人』『去る三月』『こんな本』『小さなお菓子』 『いわゆるひとつの』等の
『ある、去る、こんな、小さな、いわゆる』がそれです。

では『大きい犬』と『大きな犬』に違いがあるのでしょうか。
どちらを使っても間違いではないし、意味的にもそれほど違いがないでしょう。
ただ、私としては、多少ニュアンスが違うように思っています。
『大きい犬』は、単に犬が大きいという事実を表しています。
それに対し『大きな犬』は、発話者の感情が入っているーー。
びっくり、感動、愛情等。

『大きい』を使うか『大きな』を使うかは、ケースバイケースだと思います。

ゆうさんに補足していただきました。

「大きい」と「大きな」の違いについてですが、
私の意見も述べさせて ください。
大きい家 大きな家 とどちらも言うことができますが、
例えば抽象的な言葉「自信」「愛情」というような名詞には
「大きな」しかつけられ ないように思います。
大きい自信、大きい愛情 というとなんとなく違和感があります。
日本人は無意識の うちに 大きな自信、大きな愛情 と
抽象的なものには「大きな」を使っているのではないで しょうか?

日 本
4
今回、私が質問したいことは、形容詞重文の規則性です。
形容詞については、な形容詞とい形容詞があることは、 学習しています。
重文についても点でくぎってあり、二つの文を並列している文と
いうことだと 思っています。
それぞれについては、わかっているんですが、いざこの二つは?
となると 言葉でうまくまとめた表現が思いつきません。
なにかヒントを頂けたらと思いメールさせてもらいました。
形容詞重文とは、 例えば
(1)えみ子さんは親切で優しいです。
(2)かず男さんは優しくて親切です。     のような文でしょうか。
もしそうでしたら、
前半の文にナ形容詞がきたときは『で』で繋ぎ、
前半の文にイ形容詞がきたときは『くて』で繋ぎます。
というぐあいに説明するだけなんですけどーー。

点で区切るかどうかは、文を書く人の感性みたいなものによるんじゃないかと思います。
というか、よく分からないのです。

いちご
日 本
3
形容詞に関する質問です。形容詞は3つのグループに分けられ、
1「客観的性質・状態」をあらわすもの
2「主観的感情・感覚」をあらわすもの
3「客観性と主観性の双方」を表現できるもの
などと文法書には書いてあります。
1は「うれしい・寂しい・懐かしい」など。2は「白い・高い・速い・薄い」など。
一番分からないのは3の例です。
「暑い・寒い・おもしろい・こわい」などがあげられています。
<「彼はおもしろいです」と言った場合、彼自身がおもしろがっている
のではなく、話し手(私)が彼のことをおもしろいと思っているのである。
彼の客観的に見た属性を表しており、それには私の主観が入っている・・>
というのは、説明になっているのでしょうか?

3に関して、納得のいく説明があれば、教えて下さい。
そうでなくても、何か考えるヒントを下さい。
まず最初に、
1「客観的性質・状態」をあらわすもの  「白い・高い・速い・薄い」
2「主観的感情・感覚」をあらわすもの  「うれしい・寂しい・懐かしい」
ではないかと思いますが、これは私の『主観』でしょうか。

形容詞の分類は、文法書によって多少のブレがあるように思いますが、一般に大きく分けると、
『属性形容詞』つまり1と『感情形容詞』つまり2に分けられていますね。
学習者さんが、「山田さんは悲しいです。」という文を作ったとき、
これはNGだと言わなければなりません。その理由を納得して貰うために、
『属性形容詞』と『感情形容詞』の違いに言及しなければならないのです。

第三者の心の内面を、「山田さんは悲しいです。」と断言できません。
「山田さんは悲しがっています。」ならOK。
主語が3人称、現在形の文章で、『〜がっています』を必要とするものは感情形容詞で、
必要としないものは属性形容詞だと教えます。ちょっと乱暴ですけど。
細かい導入については、割愛します。

『暑い・寒い・おもしろい・こわい』は、主語が3人称、現在形の文章で、
『〜がっています』を必要とする文も、必要としない文もありえるということで
単純に考えて良いのではないでしょうか。
3に属する形容詞は、例外的で数に限りがありそうですから、主役級に扱う必要も
ないように思います。あくまで重要なのは、1と2の区別です。

ご説明のところは、これで良いように思います。
『彼の客観的に見た属性を表しており』は、『客観的に見た彼の属性を表しており』ですね。
3に属する理由は、『私の主観が入っている』からではなく、
同時に「彼は面白がっています。」という文も成立するからだと思いますけど。
『おもしろい・こわい』は、これで説明がつきますが、
『暑い・寒い』を使って、主語が3人称、現在形の文章を作ろうと思うと
「私の部屋は暑いです。」といった具合に、人間が主語になりませんね。

3に属する形容詞は、他に何があるんでしょうか。

いろいろな例外があることに、留意しなければなりませんね。
『好き』『嫌い』という代表的な感情形容詞には、『〜がっています』がつきません。

日本語の文法に、これなら間違いないと万人が支持するものはありません。
20人の文法学者がいれば、20通りの文法論があると言われています。
文法書をいかに読むかという、向かい合う姿勢も大切なことです。
日本語文法と国文法の違いを発見するのも面白いかもしれません。

わかば
日 本
2
友達からのメールに、「あのレストランは美味しいでした。」
と書いてありました。
「美味しかったです。」の間違いじゃないのですか。
わかばさんは、きっと若い方なのですね。
「美味しいでした。」と書かれたのは、年配の方じゃないですか。
かつては、「美味しいでした。」という言い方のほうが一般的だったようです。
外国から来た方々のための日本語教育が必要となって、日本語教師の草分け的な先生たちが
外国人にとって学びやすい日本語を整備しました。
そのとき「美味しかったです。」という形容詞文の過去形を採用したのだそうです。
当時、文部省は難色を示したけれど、日本語教師側がある種強引に踏み切ったところ、
今では、「美味しいでした。」より、「美味しかったです。」の方が馴染みよくなったんですね。

日本語調査結果(4)]もご覧下さい。

中 国
日本語歴:半年
1
『青い』『白い』というのに、どうして『紫い』とはいわないのですか。
日本語の色の表現には、基本的に2種類あるようです。
元々、日本語で色を表現する言葉は少なく、『白い』『赤い』『黒い』『青い』ぐらいでしょうか。
他の色は、具体物で示すのです。例えば『だいだい色』。
現代では、橙という果物は市場に出回るものではありませんけどーー。
元々言葉が存在していた色はイ形容詞で、具体物で表現する色は『名詞+の』で
表現するのが基本でしょう。
   赤いハンカチ  青い鳥     緑の葉  紫のスカーフ  等
具体物がどういう意味を持つものであるかは、古語の世界の話で、私にはあまり分かりません。
例えば、『緑』は、『生まれたばかりのみずみずしいもの』で、よく例に出されます。
現代語では、意味が違ってきていますね。

このようにお話すると、では『黄色い』はどうなるのかというご意見が出ると思います。
言葉を表現する規則というものは、一般化される傾向があります。
『黄色』『茶色』と一音節の具体物には、発音上の問題で『色』がついた。
その規則が定着すると、『緑色』『黄土色』等に発展。
イ形容詞で色を表現する規則が発展して、『黄色い』『茶色い』。
色を具体物(名詞)で表現する規則から『白』『赤』『黒』『青』と名詞が生まれた。
(形容詞が先か、名詞が先かは、全く分からないのですがーー。)

これ、実を言うと、私の推理が混じっています。
(このままの内容を日本語学習者さんに理解させようということではありません。)

夜遊さんから、情報をいただきました。

「赤」「青」「白」「黒」だけが「い」を伴って形容詞になるという件について。

古来日本では、色といえば、この4色しか存在しませんでした。
そして、これらも、今の感覚で言う「色」とは少し違うモノでした。

これらは、実は「赤・黒」「白・青」でセットとなるもので、
「赤=明・黒=暗」「白=顕・青=漠」でした。
赤は明るい色の総称で、今で言う黄色やオレンジも、「赤」でした。
黒は暗い色の総称です。
白は、はっきりしているという意味で、「しるし」と語源が同じです。
青は逆にぼんやりしてよく分からない色という意味です。

青は非常に幅広い色を差す言葉で、現代でいえば緑から青、灰色までを表します。
もとはくすんだ白を指す言葉だったようです。
たとえば、「白馬節会」と書いて、「あおうまのせちえ」と読むように。

このように、これら4色は、古代日本語にあった色名なので、形容詞なのです。



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