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助動詞関連いろいろ表記関連

助詞関連(9)
中 川
日 本
90
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   がまくんは,玄関の前に すわっていました。
   がまくんは,玄関の前で すわっていました。
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この「に」と「で」には,どのような違いがあるのでしょうか。
いろいろな辞書を調べてみたのですが,
辞書の見方が悪いのだと思いますが,
明確なこと違いを見つけることができていません。
私個人としましては, 「に」の方は意志を感じます。
意識してそこにいるという感じです。
「で」の方は特に意識せず座っていたという感じを受けています。
この違いを文法的に説明することができないでしょうか。
もし,文法として違いがあれば,子どもたちにも教えてみたいのです。
細かい助詞にこだわって,
文章を根拠に考えることのできる子どもたちを育てたいと考えております。
場所を表す助詞『に』、『で』の用法の違いは、
『に』+状態動詞、『で』+動作動詞だと説明します。
日本語指導する場合、ある程度明確に答える必要がありますので、
この例文の場合では、基本的には『で』は使わないとも言います。

実際問題として、『で』を使っている文を見ても
それを間違いだと決め付けるわけではありません。
言語というもの非常に柔軟性がありますから、規範とは別問題なのです。

なぜこの例文で『で』を使わないか、
小学校2年生の子供に説明するのは無理ですが、
一応私の考えを書いてみます。

文法学者には、『瞬間動詞』『継続動詞』という分類をする人があります。
『〜ています』の形にしたとき、行われた動作の結果が継続する動詞を『瞬間動詞』、
動作が継続する動詞を『継続動詞』と言います。

しかし、『瞬間動詞』か『継続動詞』かの判定が難しいという問題もあるのですが、
ここでは、この『瞬間動詞』『継続動詞』を使って説明するとわかりよいかと思います。
  玄関の前に母が立っていました。
  玄関の前に車が停まっていました。
  玄関の前に犬が捨てられていました。
『立つ』『停まる』『捨てる』は、短時間で動作が完了する、つまり『瞬間動詞』です。
  玄関の前でお客さんを待っていました。
  玄関の前で子供が遊んでいました。
  玄関の前で姉が知らない人と話していました。
『待つ』『遊ぶ』『話す』は、『継続動詞』です。

『瞬間動詞』の『〜ています』形は状態を表し、その結果『に』を、
『継続動詞』の『〜ています』形は動作を表し、その結果『で』を取るというのが
原則ではないかと思います。

松 居
日 本
89
実はタイ人 の方から日本語について質問されて困っております。
その質問とは、「である」の否定形である「でない」と
「ではない」の意味の違 い、それから文法的な違いです。
私自身は、ちょっとしたニュアンスの違いを感じる のですが、
どうでしょうか?
たとえば、 (1)「彼は日本人でない」
(2)「彼は日 本人ではない」を比較したとき、
(1)はその文で終わってしまっている感じがしま すが、
(2)の方は例えば「、実はタイ人だ。」のように
次に関連した文が続くよう な気がするのですが、
あまり自信がありません。教えて頂ければ幸いです。
文法的には『○○ではない』の『は』は、『○○で』を取り立てています。
取立てることで、『強調』したり、『対比』させたりしています。

文章のある部分だけを取り出して、 意味を考えるのって難しい場合があります。
前後関係などから判断しないと、 言い切ってしまえない場合があるということです。
でも、松居さんのご意見は、 『対比』という意味からもナルホドと思います。

ところで、実際問題として『○○でない』という言い方を、私たちはするでしょうか。
特別な場合を除いては、
私たちは『○○ではない』あるいは『○○じゃない』 と言っているように思います。
『○○ではない』は、慣用的だと言って良いと思います。

私は、日本語学習者さんには、 『○○でない』という言い方はしないと言っています。
混乱させないためにもその方が良いと思うのですが、どうでしょうか。

池 田
日 本
88
“〜や〜”の用法について、
手元の教科書に 「本やノートがあります」という例のほか
「あれやこれやと忙しかったです」というものがあります。
この“と”(下線)がどのような要素なのかがよく分からず、
文法的にうまく説明することができません。
よろしければご教示お願いできませんでしょうか。
この『と』は、『状態や動作の様子を表す』 というのではどうでしょうか。
さっさと片づける。
蝶よ花よと育てる。

『と』は、格助詞として使われるのですが、
この場合は副助詞ではないかという気がしてなりません。
少し考えてみたいと思います。


博 美
日 本
87
疑問は「が」の使い方です。 例えば以下の文書。
購入意向層は非意向層よりも全般に評価が高いが、
なかでも「楽しい」 というイメージは非意向層を大きく上回る。
この「高いが」の「が」なんですが、これが会社の校正の人にいわせると
順接なのに逆接でつなぐのは変だから「高く」とすべきだ、と訂正されます。
確かにそうなんだけど、私には「が」でつないだ方が一度文章が切れて、
「なかでも」以降が強調されるように思えるのですが、
そういう考え方っ て変でしょうか。
「が」には逆説の接続しかないのでしょうか。
「そりゃそうなんだけど特に」みたいな順接の意味ってないのかな、
とい うのが疑問です。
逆接の『が』の品詞が、接続詞なのか接続助詞なのかは意見が分かれるようです。
しかし、お尋ねの件は、
接続助詞『が』の用法の『前置き』『並列的』等で説明がつきます。
使い方によっては『順接』という言葉を使っても良いと思います。
自信を持ってお使いください。
ただ、私の知人にも、『が』が順接として使ってあると落ち着かないという人がいます。
逆接の『が』の印象が強すぎるのでしょうね。

真 琴
日 本
86
今回お聞きしたいことは、ここで と ここに の違いです。
例文 ここに くるまを とめてください。
ここで くるまを とめてください。
自分でもいろいろと考えてみたのですが、いい説明が見つかりません。
ここで を使うと、「これ以上はいいよ」というような感じがします。
ここに を使うと、指している場所がすぐそばにあるというような感じがします。
どうでしょうか?頭をひねってもなかなかパッとした答えがでません。
もし、いい説明方法をお知りでしたら、ぜひ教えてください。
『ここで』を使うときは、『とめる』に重点があり、
『ここに』を使うときは、『ここ』に重点があります。
具体的に言えば、『ここで』を使うときは『一時停止』の場合が多く、
『ここに』を使うときは、『長期停止』の場合が多いように思います。
真琴さんがおっしゃっていることも、
私の考えも 結局は同じことをさしているんじゃないでしょうか。

treoas
日 本
85
私は、工業系の大学に通っています。
先日、実験レポートの中で、
「Fig. 5.1に測定により得られた特性を示す。
測定データは付録のTable 9.1に示す。」という記述をしたところ、
先生に「この文章気持ち悪くない?」と言われました。
「測定データは付録のTable 9.1に示す。」という文では、
測定データが主語になり、測定データが何かを示している
という文になるのでおかしいそうです。
ちなみに、この文章の前後には文はありません。
文の直後に図が入れてあるだけです。

私は、
「特性はここに示すが、関連したデータはここではなく付録に示す」
という風に、測定データは別の場所に示すという意味で
「は」を使用したつもりだったのですが、
この使用法は間違いなのでしょうか?
先生は、「この場合は「測定データを」か、もし「は」を使うなら
「測定データは〜に示される」が正しいんじゃないか。」と言っていました。

私はおかしい文章だとは思わないのですが、
日本語としておかしい文章なのでしょうか?
おかしくないと思います。
副助詞『は』の用法に『対比』というのがあるのですが、
この使い方は、まさにその対比だと思います。

「私は、豚肉は食べないけれど、鶏肉は食べます。」
この文で『豚肉は』『鶏肉は』は、主語ではありません。
『○○は』となると、常に主語だと思ってしまいがちですが、必ずしもそうではないのです。

「測定データは付録のTable 9.1に示される。」も間違いではないのですが、
違和感があると言えばありますよね。
伝統的日本語では、非情物(感情を持たないもの)は主語になりにくかったのですが、
明治維新後、怒濤のように押し寄せてきた欧米語が日本語を大きく変えてしまいました。
この文などもその一例のように思います。

「測定データを付録のTable 9.1に示す。」
「測定データは付録のTable 9.1に示す。」
両方とも文章としてはOKですが、
『を』を使うときは、『測定データ』についてだけ述べていますが、
『は』を使うときは、『測定データ』以外の情報も言外に述べています。
微妙に意味が違っていると思います。

焼き杉
日 本
84
最近、並立助詞という言葉を、見かけました。
私が知っている用語ではないので、
解説していただけたら幸いです。
私も助詞は、格助詞、副助詞、終助詞、接続助詞に分類しています。
けれども、文法というものは確固たる規範ではなくて、
例えば日本語の理解を助けるものとして、日々研究され、開発されているものです。
『並立助詞』という言葉を、最初に使い始めた人が誰であるか知らないのですが、
私がちょっと考えてみただけでも、『並立』は、接続助詞、格助詞、副助詞にわたります。
これをまとめて、並立助詞というグループを作ったのではないかと思います。
外国からの日本語学習者さんにとっては、とても分かりよい分類だと思います。

並立の機能を持つ助詞の例
接続助詞 あの店は、味もいいし値段も安い。
格助詞 毎朝、パンと果物を食べます。
冷蔵庫にはリンゴやパイナップルが入っていました。
副助詞 とか タイ料理とかベトナム料理とか、辛いものが食べたい。
なり 煮るなり焼くなり、好きにしろ。
やら 私の庭には、薔薇やら紫陽花やら咲いています。


池 田
日 本
83
次の課で「1つだけ〜ます」という語法を教えることになるのですが、
教科書には「1つしか〜ません」が「同じような用法」として
並べて書かれていま す。
(例:「お茶を1杯だけ飲みます」/「お茶を1杯しか飲みません」)
しかし、ネイティブとしては、何か微妙に違うような気がするのですが、
その違いが何なのか、うまく説明できません。
ニュアンスの違いということだとは思うのですが…。
「だけ〜ます」と「しか〜ません」の違いは、どこにあるのでしょうか。
以前、海外旅行していたとき、ガイドさんが、
「このお城は、王様がお后様のために作ったのですが、
あまり時間がかかりすぎて、お后様は1年だけ住むことができました。」
日本語がとても上手な人だったのですが、これって違和感がありますよね。
日本人なら「1年しか住むことができませんでした。」と言いますね。
意味に違いはなくても、日本人は『しか〜ません』を好んで使うように思います。

「朝ご飯どうしていますか?」と聞かれて、
「お茶を1杯だけ飲みます。」と答えるか、
「お茶を1杯しか飲みません。」と答えるかーーー。

あかずきん
日 本
82
「NをNに」の「に」の意味についての質問です。
たとえば、
 @ 週40時間働くことを条件に、その会社に入った。
 A 原料が高くなったのを理由に、製品の値段を上げた。
 B 平和な社会を目標に、その会議が1年に1回開かれることになった。
「として」に置き換えられるのではないかと思うのですが。
とすると「資格」とか 「条件」とかといった 意味になるのでしょうか?
おっしゃる通りですね。
『として』に置き換えられる『に』ということだと思います。
『資格/立場/名目/見立て/条件』等言い方はいろいろあるようです。

Jay
日 本
81
質問は、「〜と言う」と「〜を言う」についてです。
(例1)会議で何か意見を言いましたか?
(例2)会議で何と言いましたか?
(例3)会議で何を言いましたか?
例3は非文ではないけど、使う場面が限られているような気がします。
ただ、会議で意見を言ったかどうかを聞くだけなら、例1がいいと思います。

で、「を」は動作の対象「と」は引用だと思うのですが
うまく、生徒に説明できません。
例1は引用された文ではないので、「を」ですと言うしかないのでしょうか?
(例1)の答は、『はい』、『いいえ』ですね。
問題は、(例2)(例3)の違いかと思います。

『を』を使う方が、『と』を使う場合よりも直接的で、かつインパクトが強いという気がします。
(例2)だと、単なる発言でしかありませんが、
(例3)だと、その発言で会議が紛糾したとか、話題の流れが変わったとかーーー。
    ちょっと非難している感じがあるとかーーー。

前後の様子が分からないので、断言はできませんが。



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