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助動詞関連いろいろ表記関連

動詞関連(2)
日本語教育では、五段活用動詞をTグループ、一段活用動詞をUグループ、
『くる』『する』をVグループと呼ぶことがあります。
yoshinak
日本
20
質問があります。
「約束の時間は10時だったんだけど、早く来すぎた。」と使われます。
意味は「--だけど、来るのが早すぎた。」なので、
「早く」「来すぎた」には違和感を感じています。(自ら使いつつも。)
来すぎるってどういうことでしょうか。
文法的にはどう考えればよいのでしょうか。
また世間一般にはどう考えられているのでしょうか。
最初読ませて頂いたとき、あらら、どこが変なんだろうと思ってしまいました。
「早く来すぎた。」は、私も日常的に使っています。
それで、考えてみました。

『来すぎる』は、例えば 「あの人は、我が家へ来すぎる。」といった具合に、
頻繁に来るのが迷惑だ という意味に使われますね。
あるいは、人や車が接近しすぎたときに『近くまで来すぎた!』ということもあります。

「来るのが早すぎた。」という意味で「早く来すぎた。」というのは、多分誤用なのでしょう。
しかし、『来すぎた』という言い方そのものには違和感がないことと
「来るのが早すぎた。」より「早く来すぎた。」の方が
口のエネルギー消費 が少なくてすむこと等から定着したのではないかと思います。

誤用もみんなで間違えれば正しくなります。
今では、「早く来すぎた。」は、市民権を得ているように思います。
でも実のところよくわかりません。

日本語調査結果(41)]をご覧下さい。

よしべえ
日 本
19
気になる言葉遣いがいろいろあります。
(1) 若い人に多い、「食べ行く」「遊び行く」という表現。
(2) 「片す」=「片付ける」(関東の方に多い)
(3) 「〜してもらっていいですか?」という表現。
「〜して下さい。」「〜して頂けませんか?」となぜ言わない?
(4) 「(魚を)三枚におろしてあげます」の「(物に対して)〜してあげる」
そうですねぇ。言葉がどんどん変わって行きますね。
人間、楽な方へ楽な方へと行きたくなるものですが、口内の筋肉も同じ。

(1)と(2)は、口の筋肉の動きが楽な方に行った結果なんでしょうね。
あっ、でも(2)は方言なのかもしれません。
方言かもしれないと思い、広辞苑をひいたところ、一つの言葉として出ていました。
小学館の日本国語大辞典には、『方言』としても出ていました。
そこには、青森、福島、茨城、栃木、埼玉、千葉があがっています。
一口に『方言』と言っても、
  *ある地方で発生し、その地方だけに残っているもの。
  *広範囲の地域で使われた言葉で、多くは消滅したけれど、ある地方に残ったもの。
  *京都で生まれた言葉が、波紋が広がるようにして全国に波及し、
   地方に広がったころは、京都では消滅してもの。  といろいろあるようです。
その他あれこれ辞書で調べたところ、歌舞伎の台詞にも『片す』があるというーー。
『片す』は、若者言葉とかではなく、古くからある言葉のようですね。

masahitoさんからコメントをいただきました。
私の父母共に関東南部出身ですが、「かたす」を片付けるの意味で使います。
東京都北区や文京区で生まれ育った私は家庭で覚えた「かたす」を使って
そこでは特段違和感はなかったように思います。
「片付けて」は「かたして」で通じました。

中学になって世田谷区の中学に通うようになって、
学友は世田谷区中心に東京西部、川崎、横浜などの出身者が多数の状況で、
「かたす」を使うのが埼玉県から通学している人などクラスで4−5名以下
(いずれも東京なら東部か東北部、あるいは埼玉県か千葉県の出身者に
限られていたのを覚えています。
方言だという意識がなかったので、とても新鮮でした。
九州で育った人と知り合って
「かたして」という同音の全く別の言葉があることを知 りました。
これは「加える」というような意味で「かたして」というと
(遊びや仲間 に)「入れて」という意味になるとのことです。
「かててくわえて」の「糅てる」と 同源なのかもしれませんが、どうなのでしょう。

日本語調査結果(43)]をご覧下さい。

(3)の「〜してもらっていいですか?」ですが、例えば何かを人から教えて欲しいとき
 「教えてもらってもいいですか?」となるのですか?
 うーーん。それは変ですね。
 やはり、「教えて下さい。」「教えて頂けませんか?」と言うほうが良いという気がします。

Jayさんから、コメントをいただきました。
「〜てもらってもいいですか?」はおかしいとありますが、
わたしはどこがおかしいのだろう??と思いました。
わたしなら、言いそうです。
「〜てもらいます」は 文法上、話者が相手に頼んでそれを相手がしてくれたときに
感謝の気持ちで使うから、おかしいのでしょうか?

気軽な友達同士の会話なら問題ないかもしれませんが、
配慮が必要な相手には、私は使いません。皆様はどうなんでしょうか。

(4)の物に対して補助動詞『あげる』を使う件ですが、
 これは、かなり一般化しているようですね。
 優しさが求められる時代です。『あげる』は、更に浸透していくように思います。
 しかし、パソコンの扱いで『クリックしてあげる』は、まだ受け入れられているとは
 言えない感がありますね。

[ 日本語調査結果(35)]をご覧下さい。

田 中
日 本
18
友達の家に行きます」と「友達の家に行くんです」とは
少し意味合いが違うと思うのですが、うまく説明できません。
どうかご指導お願いします。
「友達の家に行きます。」は、友達の家に行くという事実を事実として述べた表現。
「行くんです。」では、自分の『行く』という行動を、 聞き手に強く印象づけたい気持が加わります。
「どうしましたか。」よりも「どうしたんですか。」の方が、知りたい気持が強いですね。

schun
日 本
17
「世界から見た日本」という時、現在のことだとおもうのですが,
なぜ「見た」という過去形を使うのでしょうか 。
『た形』は、必ずしも過去形ではありません。
日本語の時制は、『動作が完了したか、しないか』で考えます。
「おやつどうする?」「食べる。」という会話で『食べる』は、辞書形とか終止形と呼びますが、
これは、これから食べるという意味で、 食べるという動作が完了していない
ということを表しています。
「おやつどうする?」「食べた。」となれば、
これは、食べるという動作が 完了したことを表しています。
たまたま現在を基準にして、動作が完了していれば『過去形』になります。
過去と未来のある時点を中心に『動作が完了している、いない』ということを 考えてみるとー。
「昨日図書館に行くとき、友達に会いました。」
「昨日図書館に行ったとき、友達に会いました。」
「明日朝食を食べるとき、お母さんに話して。」
「明日朝食を食べたら、電話して。」

それともう一つ、『た形』は、必ずしも動作の完了だけを表しているのではありません。
動作が完了して、その状態が存続しているという場合もあるのです。
『尖った鉛筆』と『尖っている鉛筆』は、同じ意味です。
『尖った鉛筆』は、過去に尖るという動作があって、今も尖っています。
おっしゃっている『見た』ですが、これにも同じ意味合いがあるのではないでしょうか。

ash
日 本
16
最近気になる言い回しがあります。「○○になります」という言い方です。
たとえば、喫茶店などでコーヒーを頼んだ場合など、
ウェイトレスが「コーヒーになります」といって持ってきます。
なぜ「コーヒーでございます」と言えないのだろう、と思います。
お店の人などに何かを尋ねた場合や、どんな商品なのか
実物を見せてほしいとお願いしたような場合に
「こちらになります」と言われるのは、まだ許せますが、
こういう場合に「○○になります」と言われるのは、
どうしてもすっきりしません。
今日、会社で見積り依頼をしたときにも、
FAX送信票に「○○の見積りになります」と書かれていました。
「見積書です」と断定できないのは、なぜだろうと思いました。

また、過剰な敬語、丁寧な言いまわしも気になります。
「行かさせていただく」「お伺いさせていただく」「聞かさせていただく」などの
「○○させていただく」という言い方ですが、違和感を感じます。
私も、「行かせていただく」「伺わせていただく」「聞かせていただく」だと
そんなに違和感はないのです。
「させて」が必要ではないのに、くっついてしまってしつこい感じがして、
どうしもて耳障りに感じてしまいます。
(この「耳障り」も、本来の使い方が変わってきていますね。)

それから、ソフトの使い方の説明などの時に使われる
「クリックしてあげると開きます」「ボタンをおしてあげると色が変わります」
などの「○○してあげる」ということばの使い方など、
気になって仕方ありません。
気にしすぎなのでしょうか。それとも、年なんでしょうか・・・
そうですね。
考えてみると、自分でも気付かずにすごしていることが、いろいろありますね。
日本語調査で、皆様のご意見を伺ってみましょう。

日本語調査結果(34)][日本語調査結果(35)][日本語調査結果(36)]もご覧下さい。

ふみこ
日 本
15
「自動詞と他動詞の概念」は、英語のそれと同じですか?
専門には勉強した事がないのですが、
他動詞は、主語の動作を受け止める言葉を必要する。
自動詞は、主語の動作を受け止める言葉を必要としない。
だったと思います。
英語の『目的格』(主語の動作を受け止める言葉)と日本語の『を格』は似ているかもしれません。
という意味では、日本語の自動詞・他動詞は英語のそれに似ているかもしれません。
日本語の文法を英語の文法を通して見るのは、難しいと思うので
こういう曖昧な言い方になってしまいます。
日本語の文法で、『を格』とか『から格』とか『が格』と呼びのに、
かつては抵抗があったのですが、今はこれが良いのかなと思うようになりました。

参考図書:日本語文法演習 自動詞・他動詞・使役・受身 ーボイスー
       安藤節子 小川誉子美 著  スリーエーネットワーク 1300円+税

ふみこ
日 本
14
「動詞関係Q12」の「いける」=「する事が出来る」 と云う事について
詳しく教えて頂きたいのです。
「行ける」=「する事が出来る」 「行けない」=「する事が出来ない」
と云う事は分かったのですが、 「納得がいく」「説明がいく」の場合の
「いく」は 可能形ではありませんが、「する事が出来る」の意味です。
この場合の文法説明をお願いします。
また、どんな時に「できる」事を「いく」と 言うのでしょうか?
日本語というか言語というか、 言語って誤用が多くて、
誤用もみんなで使えば それが正しくなり、だからどんどん言葉は変わって行きます。
ですから、ある場合に適用できたルールを、 ほかの場合にも適用しようと思うと、
壁にぶつかることが多いと思います。 『それはそれ、これはこれ』です。
『納得がいく』の『いく』は、『ある状態になる』、
『説明がいく』の『いく』は、文字通り『うまくいく』 ということで良いのではないでしょうか。
文法は規則ですが、例外が一杯の規則が文法だと思います。
骨太に捕らえる文法はしっかり捕まえても、
枝葉は、あんまり重視しないで良いというか、 重視しても無駄だという気がします。
でも考えるのは、楽しいですよね。

ふみこ
日 本
13
「する」動詞サ行変格活用についての質問です。
未然形の場合「しない」だと思うのですが、
「愛する」だけ「さない」「せない」となるのはなぜでしょうか?
「愛」の他にも「せない」「さない」と活用するものはありますか?
形容詞、動詞の連用形と名詞に『する』がついて複合動詞になった場合、
サ行変格活用になります。
ところが、元々サ変だったもので、五段活用に移行したものもあります。
『愛する』が五段活用だとすると、『愛せる』は可能形となります。
愛する 愛せる 愛せない
愛する 愛さない となり、
『愛さない』と『愛せない』は意味が違います。

『害する』『訳する』は、五段活用させて不自然ではありませんね。

因みに日本語教育の現場では、『未然形』という言葉を使わずに
『ない形』といいます。
これも学習者さんの負担を軽くする工夫のひとつですね。

ビル
アメリカ
日本語歴:3年
12
「〜しては、いけません。」という意味は、NGの意味だと分かるのですが、
『いけません』を文法で説明して下さい。
『行く』という動詞の可能形が、『行ける』です。
『行ける』は動詞としての認知を得ていて、『することができる』という意味です。
『いける』の否定形は、『いけない』。『いけない』の丁寧形は、『いけません』。
ということで、『だめです』という意味に使われます。

エプロン
日 本
11
『(日が)差す』と『(日が)照る』はどう違うのですか?
日差し、西日が差す、月光が差す。照る照る坊主、日照り、照り返し。
確かに使い分けているのですが、ルールはあるのでしょうか?
日本語指導の現場で突然聞かれると、言葉に窮することしばしば。
そういうときは、正直にちょっと待って下さいと話して、家に帰って冷静に考えてみましょう。
ふーっ!いつも苦労しています。
ルールがあるかどうか考えてみました。
『日が差す』は、直線的な感じですよね。
そう思い辞書で調べたら『差す』と『刺す』は同じ語源だとありました。
『月光が差す』というと雲の間からの線状の光が文字通り刺している光景をイメージしますね。
それに反し 『日が照る』は光を遮る雲がない状態で、
広い範囲に光が当たっている情景を思い浮かべます。
あと、『照る』は上から、『差す』は斜めからというイメージもあります。
どうでしょうか。


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